チッポ家な夢

チッポ観察日記

チッポ家な夢

僕の名前は「チッポ」。「チポ」とも呼ばれている。余り聞かれない名前だけど、ポチの反対と聞けば納得して覚えて貰えるかも。この家の人々(特にお母さん)が、本当の息子に子供の頃、時々呼んでいた愛称だったそうで、お母さんが名付け親だ。お父さんは日本が米国のポチなのが気に食わないのでそれを嫌い、お母さんのチポ案に直ぐ賛同したと聞く。僕は5年前の5月3日、この家に引き取られ、目下、溺愛されていて、相思相愛中。勝手に思い込んでいるのかな。もう今ではお互い犬や人間とは思えない。僕が可愛くて仕方がないみたい。僕もお父さんとお母さんが大好きで甘えてばかりいる。甘えん坊が過ぎてオモラシしたりしてゴメンね。もう少し僕の自己紹介を続けるね。僕は2013年2月4日生まれのトイプードル犬だ。お父さんはビーグル好みで、毛むくじゃらじゃないワンコが良かったそうなんだけど、このお父さんが最後に僕を選んでくれた。ありがとね、父さん。僕はスクスク大きくなり体重はちょうど5㎏程で、この家に来た当初から比べると、3倍以上になっちゃった。手足も長くなり、スマートボディーでみんなを悩殺してる。何時も「ごぞごぞ」して、何かを「がじがじ」噛んでいので、お父さんに「ゴゾガジ」と仇名を付けられた事もあったね。かじがじするのは、ストレス溜まって落ち着かないからかな。昔、お父さんの帽子の金具を囓っていたら、何時の間にか穴が開いちゃった。こんな感じで、いろいろな物を囓りまくってボコボコにして来たけど、ファスナーの金具の噛み心地が最高だったね。今では、僕はこの家に無くてはならない主人公なのだ。僕の今の生活に欠かせない存在は、62歳になるお父さんである。何時も僕の傍に居てくれて、僕を見守り続けている。犬種は容姿端麗なトイプードルである。可愛過ぎて、お父さんは何時も僕を最後はいびり倒す。僕もお父さんのパターンは熟知してるので、弄られるのに慣れて来た。でも、余りにも櫃濃くされると、流石の僕でもこの親父がウザくなり、ガブリと甘噛みする。お父さんは小さい頃、黒猫ミーコを飼ったのが抑々の弄りの始まりらしい。中・高時代は、ポインター猟犬とビーグル犬のあいの子ようなジョンを飼っていたそうだ。その犬は、何処かからフラッとこの家に舞い込んで来て、何時の間にか家族となっていたと言う。お父さんはそのジョンに対しても、可愛がり過ぎて、苛めてしまったりする事もあったらしい。最後は、ジステンパーか何かの病気に罹ったのか、体が硬直して惨めな姿になって死んで逝ったのを、お父さんは忘れないと言う。僕との別れは…、考えただけでも涙ぐんでしまいそうだと、僕によく語っている。父さんが退職後、一日中、僕とベッタリしてくれている。とても安心なんだけど、ちょっとウザくなって来た。このお父さんを相手しているとホントに疲れちゃう事もある。溺愛関係が続き濃厚なスキンシップがエスカレートして、怪しい関係になったりもしてる。それでも飽きない関係と言うか、お互い許容範囲の間柄になっており、これからも末永く、チッポ様に忠義を尽くしてくれそうなので、何の問題も無い。これから日々の生活について呟いたりぼやいたりするので、どうぞヨロシクね。この爺さんとの付き合いも、5年半が過ぎたけど、退職後、日がな僕と共に一日を過ごす中、今迄、何気なく見過ごして来た事に気付かされている様だ。当然ながら僕は言葉を持たず喋れない。だから僕なりに必死で、ありとあらゆる方法を駆使し、こちらの思いを伝えようとする。僕のメッセージツールとして、吠える・オシッコする・クンクン鳴く・グーグーを銜える・爪でガリガリ引っ掻く・ウーウー鳴いて威嚇する・尻尾を振る・体をスイングする・仰向けに寝転がる・ピョンピョンジャンプするなどなど、様々なバリエーションに相応してこれらの仕草を使い分け、人間との関係を良好に構築しようと日々努力しているのだ。あ、それと忘れてはならないものがまだあった。 

 

   
 

「目」。目は口ほどにモノを言うって、人間世界には諺にもなってる。僕達、動物にとっても、目は大切な意思表示ツールの一つなのだ。だからアイコンタクトはとても重要だ。さて、その要求を飼い主であるお父さんは、僕の発する様々なサインを汲み取ろうとする。そのサインを読み間違えられる事も度々だが、概ね以心伝心で関係構築を図る事が出来ている。より良好な関係を作るには、物言えぬ僕の心を察して貰わねばならない。お父さんに僕のメッセージを送り、僕の「言葉」を汲み取ってもらう。大体、僕の気持ちは伝わっている。だけど、やはり人間の言葉が話せないと、よく誤解されるのも事実だ。例えば、こんな事がしょっちゅうある。僕は喉が渇いて水が飲みたくなると、お父さんの口元をペロペロ嘗め回し、一生懸命、その要求を伝えようとする。最近は何とか理解してくれ出したようだが、それ迄は違う捉えられ方の連続だった。僕のお父さんに対する親愛の情として、全て愛情表現メッセージだと捉えられてしまい、なかなか水場へ行かせてくれなかった事もあった。おまけに、誤解したお父さんに、あろうことか僕の気持ちを逆なでする行為をされた事もあった。例えば、お父さんの唾をキス代わりだと、よく飲まされた。最初は臭くて微妙な味だったけど、次第に癖になる味になり、僕の方からお父さんの唾を飲みたいと要求してたんだけど。この様に、コミュニケーションには違う意味で味がある事を学習したものだ。それはそうとして、寡黙な僕も、自分の要求を相手に伝えたい場合は、目を見開き大きな甲高い声を発し、何度も吠える。日本の殆どの人達も、僕の様に飼い主に身を任せ、物言えぬ存在に成り果てているのではないかな。政治指導者は、日本人の要求をどれだけ受け留めているだろう。これから、僕のお父さんが退職した去年の春以降、暇潰しに書いてる文章を、紹介するね。その殆どが、ボヤキに似たお父さんのストレス発散パフォーマンスで、聞かされる方は大いに迷惑で堪ったもんじゃないけど、読者諸氏も僕に免じて御容赦下さい。