チッポ家な夢

チッポ観察日記

小説初期原稿

肱雲の隠微な噺 作者:肱雲

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「痛み」システムへの一考察~痛いの痛いの飛んでけ~

腰痛に苦しんだ私は、とある整形外科病院でトンデモナイ経験をする。それが「痛み」システムへの一考察へと繋がっていく。

「痛み」が世の中を形作る源泉の一つだ。

「痛み」システムを形創る上で、必須な者が、マゾ(M)とサド(S)だ。両者共に、「痛い」のがお好きなのは変わらない。僕は、痛いのが苦手で大嫌いなので、どちらにも属しない。否、ソンナ事は言い切れない。48年前亡くなった三島由紀夫は、前者ではなかっただろうか。切腹の「激痛」を求め、その辛苦を耐え忍び、憂国の「魂」が「痛みやその恐怖」を超克し勝利する姿を、自作自演した彼は、正しく真正Mと言っても過言ではなかろう。そうしたミシマを吉本隆明同様、訝しくも無視し得ぬ私、肱雲は、後者の佐渡グループの末席にいるのかも知れぬ。サドあるいはサディズムやサディストの語源は、マルキ・ド・サド(1740~1814年)に起因すのはよく知られている事だ。彼は、フランス革命期の貴族、小説家であった。マルキはフランス語で侯爵の意である。サドの作品は暴力的で、法や宗教・モラルの制約を受けず、究極の自由・放逸と、肉体的快楽を追求している。彼も自身の作品を地で行くかの如く、虐待と放蕩の果て、パリの刑務所や精神病院に長きに渡り入れられた。バスティーユ牢獄に11年、精神病院には13年入れられた。彼の作品の殆どは獄中で書かれたものであり、正当評価されることは無かったが、現在は高い評価を受けている。血で血を洗う革命期に生き、ギロチンの恐怖政治を目の当たりにしていたであろう彼は、その精神を「大いに歪められた」のかも知れぬ。

オリンパスファイバースコープ問題で、フト思った事。上からの拷問が胃カメラ検査で、下からのそれが大腸内視鏡検査。両者共に嫌なものだが、検診には付き物なので致し方なく「俎板の鯉」状態となる。胃カメラは口からではなく鼻から入れられると拷問ではなくなるとよく言われるが、私にはそれが通用しなかった。口からだろうが鼻からだろうが、両方とも拷問には変わりなし。そして下から肛門カンチョウの如く入れられるファイバースコープ内視鏡オリンパス製品のこれが、今回、海外で耐性菌による死者を出す元凶と見做され、問題となっている。私は、どちらかと言うと、下からの拷問には耐えられる。大腸がん検診で、何度かファイバースコープをケツの穴から突っ込まれ、シンドイ思いをして来た。だが、胃カメラに比べるとまだマシで、何とかやり過ごせる。その昔、尿路結石の激痛予防で使い出したボルタレン座薬を、今でも常備している。尿管結石は程無く治まり、現在は全く問題無いが、座薬は時折、風邪等の痛み止めに流用する事がある。言い方が変だが、下から攻めたり攻められたりするのは、然程、苦手意識は無い。だが、現在、世界的に問題視されようとしているファイバースコープ内視鏡挿入は、私も以前から疑念があった。完全な洗浄及び殺菌をされた内視鏡が、果して使用されているのかどうか。これは誰しも懸念する事ではある。日本ならば安心だとは言い切れない。完璧なるクリーンは不可能に近く、アリエナイであろう。話は変わるが、中世魔女狩り等、権力は上からの各種の拷問を用意し、その支配体制を盤石にしようと、「痛み」及び「痛みに伴う恐怖」創りに余念が無かった。フランス救国の聖少女ジャンヌ・ダークは、正しく、「下からの拷問」である火炙り刑で最期を遂げた。遠藤周作「沈黙」で描かれる隠れキリシタンへの拷問に、「蓑踊り」と言う火炙りが出て来るが、奉行井上も、幕藩体制権力維持の先兵として使われ、「上からの拷問」のお先棒を担がされたのではなかったか。目を背けたくなるような凄惨シーンが人目を惹く。天下の大泥棒「石川五右衛門」の処刑は、「釜茹で」刑だった。人間を熱湯でボイルし、茹でタコ状態にするのだ。この時の権力者は豊臣秀吉だった。殿上人となった秀吉に下からレジスタンスで抗しようとした石川五右衛門は、権力システムと言う上からの拷問を、釜茹で刑と言う下からの拷問で、惨殺されたのだった。石川五右衛門レジスタンスを大々的に連動させ、ブルジョアGなる市民が、「革命」の名のもとに、上からの拷問に抗するべくちゃぶ台返しの大どんでん返しに臨んだフランス革命は、民衆が下からの拷問「ギロチン」を使い、国王支配の絶対王政という上から拷問を打倒し、「飢えからの恐怖」から解放されようとしたものだった。下(民衆)からの拷問を受け、上からの拷問を操る国王が、上から落とされるギロチンにより、首を落とされてしまった。だが、そのギロチンを使い、下からの拷問を利用し体制を奪おうと、「恐怖(テロ)政治」を断行したロベスピエールは、正しく、その恐怖を具現化したギロチンで、「革命の露」と消されてしまったのは、逆説的であろう。そうした我々は、あの手この手で、拷問手法を編み出し、「痛み」を創り乍ら、その痛みから惹起する「恐怖」を、秩序維持を図る為の「抑止力」として、恐怖を操る視覚的拷問の創造に余念が無かった。今それが「核」となり、「痛みや痛みに付随する恐怖」を操る為の覇権システムに内包され、世の中が危ういバランスの中で移ろい続けている。低度化された戦争を随時引き起こし乍ら、高度化され全面核戦争を未然に抑止するため、「痛み」を絶えず創り続けなければならなくもなる。その過程で、「テロ戦」を始めとする諸種の小さな「痛み」が小刻みに起こされ、それが結果的にはシステム維持に繋がって行くのでもある。そうすると、以前、私が苦い思いを経験した「腰痛」も、私の心身をまがりなりにも維持しバランスシステム構築の為、必要悪としてあるものなのかも知れぬと思えて来たものだ。さて今度は、腰痛に代わる何か「小さな痛み」を準備し、私の心身維持システムバランスを図る為、その働きを始動しようとしているのだろうか。

 

 吉本隆明は、三島と同じ戦中戦後を通った世代の人間として、事件の衝撃を自身への問いとして次の様に語っている。三島由紀夫の劇的な割腹死・介錯による首はね。これは衝撃である。この自死の方法は、いくぶんか生きているものすべてを〈コケ〉にみせるだけの迫力をもっている。この自死の方法の凄まじさと、悲惨なばかりの〈檄文〉や〈辞世〉の歌の下らなさ、政治的行為としての見当外れの愚劣さ、自死にいたる過程を、あらかじめテレビカメラに映写させるような所にあらわれている大向うむけの〈醒めた計算〉の仕方等々の奇妙なアマルガムが、衝撃に色彩をあたえている。そして問いはここ数年来三島由紀夫にいだいていたのとおなじようにわたしにのこる。どこまで本気なのかね。つまり、わたしにはいちばん判りにくいところでかれは死んでいる。この問いにたいして三島の自死の方法の凄まじさだけが答えになっている。そしてこの答は一瞬おまえはなにをしてきたのか!〉と迫るだけの力をわたしに対してもっている。—吉本隆明「暫定的メモ」

 

「痛み」がどうも曲者と思い出した今日この頃、三島由紀夫の命日がやって来た。彼が自決した48年前の「痛み」は、果たして如何許りであっただろう。私は台所で洗い物をする際に、包丁の刃先を洗うたび、先端恐怖症に似た感覚に襲われる。それ程、刃物を見ると、何かしら「痛み」を想起して身体の神経細胞が過剰反応し、身構えるのだろう。こんな小心で軟弱極まりない私が、ミシマを論ずる資格など毛頭無いと自覚しているのだが、彼を無視する事の方が供養にならぬと思い、苦言を呈する事を御勘弁頂きたい。遠藤周作の「沈黙」で、棄教を「転ぶ」と蔑称し、拷問の「痛み」の「恐怖」に打ちのめされ、自身の守るべき至上の価値を放棄する事の意味を、私なりに解釈し、「痛み」の「恐怖」に敗北したと看做される「転ぶ」を吟味した。そして、時代は違うが、治安維持法で逮捕され、その後の拷問で赤狩りの犠牲となって惨殺された、社会主義者プロレタリア文学小林多喜二の最期は、正しく、遠藤の「沈黙」で描かれた、隠れキリシタンへの責め苦を、彷彿とさせるものではなかったかと、言及した。そして、どちらにせよ、「痛み」の「恐怖」を操る側に、最期まで屈服せず、「転ばぬ」精神性に尊さを見出すのが、我々「世間」の「常識」であり、それに反する行為は批判中傷の対象となる事への疑問を呈した。さて、ミシマはハラキリを通して、艱難辛苦に堪え忍んだ現代の「イエス」たらんと、「自作自演」の「痛み」と、その「痛み」から惹起される「恐怖」を「演出」し、根源的テーマを投げ掛けてしまったのではないだろうか。

 「痛み」は、様々な事を発見させてくれる。痛みに喘ぐと、考える余裕は無くなるが、そんな痛みも、究極技で、撃退可能なのではないか。それを感じた出来事が、実際にあったので、ここで紹介しておく。未だに忘れる事は出来ない、不思議な体感であった。それは、腰痛で診察を受けた際に、発生したある「トラブル」から始まった。私は、何度か通った事のある「整形外科」で、朝一番に赴き診察を受ける事になった。何時もの挨拶から始まり、先ずは、ベッドに横たわって、ドクターの触診が為された。その際、両足の足先に筆の毛で触診を行うのであるが、何か今迄記憶にあったその医者のイメージとは掛け離れた、強い口調で、感触を「ハッキリと即答しなさい」と諫められたのだった。私は面食らった。なかなか感触が的確な言葉で表現し得ぬものであり、暫く何と言っていいのか口篭る私に対し、ぶっきら棒と言うか、鋭い「物言い」で、正しく上から目線の対応だったのである。流石に、この私も、我慢の限界を超えてしまい、ベッドからスクッと起き上がり、受診拒否を態度表明したのである。一瞬何が起こったのだろうかと、周りに立って我々を見守っていた数人の女性看護師達は、完全に凍り付いてしまう程、緊張した空気感が漂った。医者と私は、椅子に腰掛け、十数分間の間、お互い強張った表情で、それぞれの言い分を主張し合い、平行線のまま診察も出来ず、部屋を後にした。待合室に戻り「怒り」が治まらない私は、再度、診察室にツカツカっと入り、また、お互いが角突き合わせる格好となった。ドクターは、私の目を睨み付ける様な顔付で、「私も一生懸命診察してるんですよ…だから…(<これは実際には言ってないが想像するに>こんな口調になったのなら申し訳ない)謝りますよ…」の様な苦言を呈し、あくまで謝ろうとする様な姿勢は見せなかった。私も待合室に4・5人の患者が待機していたので、「あの物言いは無いでしょ。不愉快極まりなく残念だ」とか、それ以上言い続ける事はせず、立ち去ったのである。その間、痛みは何時の間にか完全に消え去ってしまっていたのである。「怒り」が、「痛み」を一時的にでも忘れさせる効果を、発揮したのであった。だが、その日から暫くの間、別の心の痛みとして、私を苛めるのであった。「痛み」撃退法は、「怒り」では無く、何かに集中して囚われ続けていた「痛み」意識を瞬間的に忘れさせ、別の意識へと気を向けさせる事だったのだ。従って、それは、一つの執着した囚われ意識からの解放を意味し、要するに仏教で言われるところの煩悩(=執着心)を払拭する事なのだ。仏教では、「人生皆苦」と言い切り、本来、我々の生まれてから死ぬ迄、全ては「苦の集積」であると見做し、当たり前と心得よと諭す。だが、なかなかそんなに簡単には受け入れ難いのが、「四苦」であり、「八苦」なのである。「四苦八苦」する人生を当たり前と受け入れる為には、中・程度レベルの「痛み」を恒常的に体感し乍ら、生活する必要があるだろう。従って、「腰痛」や「歯痛」や「頭痛」を、適当なスパンで繰り返し経験し乍ら、人生を送り続けるのが賢明なのである。そして、適当にそれらの「痛み」を「薬」で散らし、「痛み」から逃避しつつ向き合い付き合って行くべきなのであろう。

 

【「痛み」がシステム作りの源泉】

 さて、痛みの集約される極限の状況は、「戦争」だろう。この戦争だけは私を含め、人類として最も避けなければならぬ所業である。それを避けようとしながらも、戦争を敢えて創り続けて来たのが人類史でもある。最大の痛みを伴いその苦痛から派生する「恐怖」を避けたいとする思いが、民主化を促進しても来た。国家間戦争を未然に防ぐシステム作りが、国際社会を形成する上で切っ掛けとなる「ドイツ三十年戦争」を通して展開して行く。17世紀前半期に、ヨーロッパ全土を覆う宗教戦争が引き起こされ、キリスト教の名のもとに大量虐殺が為されて行った。こうした状況に逸早く対応しようとした国が、当時、世界覇権を狙う英国のライバル国として急成長を遂げた、貿易立国のオランダだった。戦争で荒廃するヨーロッパでは、オランダの富は水泡に帰す恐れがあり、安定した秩序を取り戻させる為の枠組み作りに率先して取り掛かる。1648年に、ウェストファリア条約締結の際、世界初の国際会議が開かれる運びとなり、戦争を抑止する為のシステム作りが進捗して行った。同年、オランダのグロチウスは、正しく国際法の父と言われる所以となる『戦争と平和の法』で、戦時国際法の原型を世に示した。奇しくも彼のその著書名に、世の中の縮図が込められていたのだ。平和よりも戦争を先に出し、戦争のルールを弁えさせる為の法の必要性を優先し、強調している点だ。「殺し方」にもきちんとした枠組みを設け、ルールに則った戦争をする為の法が、立法化される端緒が作られたのだ。何と言うシビア―さであろうか。だが、こうしなければ、我々は「皆殺し=ホロコースト」へ邁進してしまい、誰も居なくなる世界が待ち構えている可能性が、十分に考えられるからだ。核戦争などを想起すれば分かる筈だ。それでは、儲けを目論もうとする輩達にとっても、好ましい事ではなくなるのであり、平和を導く為の民主化を進めるシステム創りが必要となる訳だ。従って、「痛み」は「恐怖」の対象であり、それをコントロールする為のシステムが、覇権を暗黙裡に合理化させるものともなるのだ。痛みから解放されたい願望は、それをさせないよう、絶えず痛みである恐怖をチラつかせ支配する側の思惑に絡めとられ、利用される。腰痛に苦しむ私も、そのシステムの中で翻弄されている一人だ。早速、先日、病衣巡りをし乍ら、病院の民主化の具にされているか弱き自分を、垣間見たのであった。医療関係者は医療保険点数を稼ごうと、痛みに顔を歪める患者達を、「カーモンベイビー…」の流行り歌の如く、手薬煉を引いて待ち構え、受付から始まり諸検査を経てドクターXの診断を仰ぎ、様々な投薬を処方されて、長時間、肉体的・精神的苦痛を伴い乍ら、医療界のメシの種とされる。我々の痛みがカネに姿を変え、その医療界を束ねる圧力団体の日本医師会からの政治献金となって、自民党政権を下支えするのである。そうしたシステム創りの一過程に於いて、天下り厚労省幹部と大学経営者並びに医学部学部長とを医療コンサルタント会社が仲介し、東京医科大学等の不正入試や公金の不正流用の一コマが造られて行く。その医療界の基盤となるのが、大学最高峰に君臨する東大医学部であり、それを目指す事を至上主義とする日本の偏差値教育が横たわる。

 

【七転び八起き】棄教を「転ぶ」と言う。転ぶことを拒否し、惨たらしく拷問処刑される。似た様な事が大日本帝国下でもあった。治安維持法で多くの「赤狩り」が為されたのがそれだ。プロレタリア文学の代表作『蟹工船』の作者、小林多喜二は、正しくキリスト教信仰がマルクス主義信仰に置き換えられただけの事である。小林も築地署で特高警察から、嘗て隠れキリシタンが受けた様な壮絶な拷問を受け、「転ぶ」事を拒み死を余儀なくされた。この場合、転ぶ事は、即ち「責め苦」を拒む事であり、社会主義者からの「転向」を意味する。さて、果たして責め苦を拒まず、逍遥として死を受け入れる事で、自分の弱さに負けず一時の苦痛に耐え忍び、魂を売り飛ばす事無く、永遠の勝利者となれるとでも言うのであろうか。その魂とは、一体全体、何なのだろうか。ソクラテスの言うところの「絶対的真理」なのか。彼も転ぶ事を拒み、プラトンら弟子達の逃亡の勧めを受け入れる事無く、毒杯を呷り自死を選択した。さて、弟子達からの逃亡の勧めを、「悪法も法なり」と一蹴し拒否したソクラテスは、果たして彼の守り通そうとした絶対的真理、即ちプシュケーに殉じたとでも言えるのであろうか。此処でも、「転ぶ」か「転ばない」かの、究極の選択に伴う葛藤があったのだろう。そして、ソクラテスは、転ぶ事を拒んだ。此処でもし、彼が転ぶ事を受け入れ、即ち弟子プラトンらと逃亡でもしていたら、どうなっていたであろう。その瞬間に、彼の価値は半減、否、皆無となったのであろうか。そして、違った形での永遠なる責め苦が、待ち構えていたとでも言うのであろうか。更には、あの戦争で、特攻隊で米艦に突っ込めず、生き永らえてしまった隊員は、特攻で散華した仲間に対し、生き続ける負い目から起こる責め苦に、未来永劫に渡り苛まれ続けなければならぬとでも言うのか。ソクラテスにしろ特攻隊員にしろ、彼等に共通する心理は、結局のところ「世間」体であり、自分以外の他者の目や訳の分からぬ常識と言われているモノサシへの同調なのではないか。何故なら、ソクラテスが言ったとされる(恐らく脚色された後付けであろうが)「悪法も法なり」の法とは、如何なる性格のものであるのか。彼が最重要視しプラトンら弟子達に教示した、永遠不変なる普遍的立法なるものが、果たして此の世に在り得るものなのか。弟子プラトンもその意味で、下らぬ当時のアテナの法に遵う事なかれと、師匠に逃亡を勧め様としたのではないか。所謂、此の世の法律は全て「時限的立法」なのである。それこそ、現憲法などは、様々なる不純なる如何わしい大国の思惑が交錯する中、錬金術師が制定した代物ではなかったか。特攻隊にしろ、彼等が純粋に真面目過ぎる程、護ろうとした当時(現在も含め)の「国」及び「国家」(国家機関に重きを置いた)なるものの「正体」は、果たしてどのようなものであった(ある)のか。こうしたバックグラウンドを考えていれば、簡単に「転ばず」カッコ良く死を選ぶ事より、苦渋に堪え世間(体)や得体の知れぬ「常識」なるものに抗い、「転ぶ」を「思慮深く」選択し「生き永らえる」事の方が、如何に困難であり真の「勝利者」と呼ぶに相応しい存在と、成り得るのではないだろうか。私は、遠藤の「沈黙」で、「転ばない」事でその後待ち構えている凄まじい拷問による死の責め苦を恐れ、「転ぶ」生き方を学んだ「沈黙」する似非キリシタンを肯定的に観る一人だ。従って、作中のキチジローは、私自身でもあるのだ。記憶というものは、余程のことでない限り残らないのが普通である。昨日のことは直ぐに忘れ去られてしまう。稀薄な内容では、記憶には留まらない。永く残り続けるものにはそれなりの価値や輝きがある。キリスト教は最大の組織を有しながら、二千年の永きにわたり我々の歴史・人生を左右してきた。その事実は何を意味するのか。これほど長期間、多くの者の支持及び関心を得たものが他にあるであろうか。その教祖はとうとう神に祭り上げられた。彼は「右の頬を打たれたら、左の頬も向けなさい」「汝の敵を愛しなさい」と教えた。何というマゾヒスティックな手法だろう。この手法を戦術とし、世論を味方につけ大英帝国との政治的駆け引きに勝利したのがガンジーであった。人類はこの二千年間イエスを担ぎ上げ、彼を楯にして自身の安心立命を図り、エゴを最大限に追求し続けてきた。その間、一体どれ程の思考と思案をめぐらしてきたのだろうか。21世紀の現在、もうそろそろイエスへの惚れ薬から覚醒してもよいのではないか。否、人類における恐怖との対峙の歴史が続く限り、第2・第3のイエスは登場するのかもしれぬ。

 自死という犠牲が、不朽の輝きとなり永遠に語り継がれるものとなる。三島もその幻想に取り憑かれてしまった一人だろう。三島には男と女の両性が混在している。ホモ=セクシャルを漂わせる三島であった。彼の本質は「性の倒錯」である。彼は陽明学中江藤樹)の「知行合一」の思想に傾倒していた。そして言葉を弄するだけの文化人になりかけた自分に辟易していた。また、言葉遊びに終始する似非文化人では、不朽の価値として残り得ないという危機意識を強くしていたと思われる。そこから抜けるには、「行動」しかない。しかも我々が一番に恐れる「死」を前提とした「行動」で。そうした「義挙」に我々は「勇」を感得し、魅了される。「赤穂浪士」はその典型であり、日本的なる精神の象徴でもあった。しかし、その「勇」が不自然にパフォーマンス(演出)されてしまうと、それは単なる「偽挙」に終わってしまう。三島につきまとう疑問符は、そこに収斂される。見(魅)せる「死」でなく、「見せない」死に方であったなら、より以上に世人は彼に魅せられたのではないか。要するに三島は「劣等感と優越感の相克に苛まれ続けたナルシスト」であり、「自己の存在価値を劇化し、叶わぬエロス世界への到達をタナトス世界への下降により昇華しようとした」人物だと思う。タナトス的在り方ではなく、エロス的有り様を追求するなかで、我々にもっと美学の真髄を示してほしかった。しかし、三島のなかに、自分や日本(人)の精神性を見出し、哀れに感じるのであり、それが彼を無視できず魅入ってしまう理由であり、少なくとも私の心のなかには残り続けているのは事実なのだ。三島的なるものは、映画人にも見受けられる。それは、ブルース=リーである。三島のタナトス的在り方を、ブルースは格闘技世界で模索していた。彼は日本の宮本武蔵に惹かれていたという。武蔵も、武士道世界のなか求道者として、理想と現実の狭間で苦悩していた。我々の人生は、概ね、理想と現実の狭間で相剋し煩悶する。理想と現実が乖離する場合、タナトス的在り方を求める度合いが強くなる。その道に真剣に立ち合う者ほど、その理想は高く、孤高の存在者となる。通常の者は、理想と現実の両者が妥協し、その距離が近接する。無限に続くハードルを乗り越えなければ、求道の先にある自分に見合う理想(自由世界)には到達できない。勢い求道過程でタナトス的在り方を見出し、ワープしようとするのではないか。ナルシズムも、そうしたなかで引き起こされる。

勝ち続けなければならない。ひょっとして、今のアメリカは剣豪武蔵と同じ心境ではないだろうか。恐怖を直視した武蔵も、武士道世界という「お化け屋敷」のなかで、数多くの仕掛けに翻弄され続けていただろう。無敗の武蔵は、負ける(=死ぬ)ことに対する異常な恐怖心につきまとわれていたはずである。9.11以降、要するに世界中が「お化け屋敷」となった。恐怖を司る側はそれに操られ翻弄する側の姿に快感を憶え、ついつい仕掛けはエスカレートしていくものだ。恐い者知らずが横行し、モラル=ハザードが進行している現代においては、恐怖は必要とされるものかもしれない。私は怖がりの性分で、お化けは苦手である。この苦手意識の克服策は、逆療法しかないのかもしれない。基本的には恐怖に浸る状況に身を曝せながら、恐怖を相対化させようとする森田療法的方式とでも言えるだろうか。しかし、「恐怖からの自由」が却って生死に対する感覚を鈍麻させ、新たな問題を突きつけることにもなる。死の恐怖の克服により、世界屈指の軍隊を作り出すことを可能にさせた大日本帝国などはどうだろう。感覚鈍麻のなかで、自身の実力を錯誤させ破滅への道を辿らせることにもなる例が、その他にも見出される。ベトナム戦争中、米軍が、兵士にビデオで残虐シーンを見せ続け、殺戮行為を容易にさせるトレーニングをしたことなどもその一つではないか。常勝アメリカもベトナムには結果的に敗北してしまい、その後遺症が尾を引いている。敗北恐怖症とでも言うか。恐怖の克服が、死をも恐れず暴走する輩を駆り立て、戦争の歴史を繰り返させることにもなってしまう。恐怖の克服は、核抑止をも上回るというシニカルな結果を招くことすらあるわけだ。

我々は、刀を振り回し命の遣り取りをするような世の中に生きてはいない。刀に対するある種の恐怖を通し精神修養や修行がなされるとするならば、戦争という恐怖について考察することは、堕落した日常を戒めるためにも必要なことである。毎年のことながら、戦争体験者にとり8月は特別な意味を持つ時期だが、戦争体験のない我々も、「靖国」など戦争について考えさせられる。人間の最も嫌がることの一つは、責任を取ることだ。戦犯者は、日本(人)のやった、否、欧米帝国主義諸国のやった侵略戦争の罪を背負わされているのではないか。戦犯者は、キリスト教でいうと十字架に架けられ人類の原罪を背負わされ犠牲となったイエスに近い性格を有す存在ではないか。クリスチャンはイエスに後ろめたさを感じ、彼を拝み続ける。なぜ、戦犯者を靖国に合祀し、それを首相が公式参拝するのか。その根底に、キリスト教徒が抱くイエスへの感情と同様に、日本人の戦犯者に対する後ろめたさが隠されているからだ。要するに人間の一番嫌がる責任を負わされた存在は、後生大事に祀られ拝まれ続けるのだ。紀元前後に生きた一人の男は、とうとう神に祭り上げられてしまった。この二千年間、彼を担ぎ上げ彼を楯にして頼りながら、我々は自身の安心立命を図りエゴを最大に追求し続けてきたのだ。 

 特攻隊も自爆テロも、自己犠牲を通して何かのために殉じようとする。死を賭して何かを訴える。自殺行為もその一つではある。死は大きな恐怖であると同時に、大きな力、影響力を有す。そんな死に少なからず憧れを持ったりもする。これが、いわゆる死への衝動、タナトスである。堕落した惰性的な生、生への衝動、エロスが続く中で、それを諫めようとする死への衝動が呼び覚まされる。両者の闘争が文明史の興亡に少なからず影響を与えてきた。宗教から派生する科学は死を遠ざけようと、不自然な重力に反する文明を追求する。延命治療はその象徴であり、延命操作で不自然な生を贈り届け、死を遅らせる。 歴史は恐怖との対峙の展開である。恐怖を司る側とそれを余儀なく被る側が社会を形成し、その体制からの逃避を「自由」や「平等」という価値で模索してきた。恐怖の典型は「死」であり、死は即ち「未知」ということである。簡単に言うと「分からない」領域である。その領域をめぐり宗教が人類史と伴に並存し、「神」なる精神安定装置を創出し、不安定からの逃避の歴史を繰り返してきた。ショウペンハウエルも「人生は安心と不安の振り子の間」と言い当てているように、人間世界は、この恐怖と良きに付け悪しきに付けつき合ってきた。またこの恐怖の克服が、文明化の歴史を形成させもした。文明化は「死の恐怖」の反動、すなわち「生への欲望」の結果であった。老後に生き甲斐を無くした者は、老いを加速させるものである。目的喪失は「死に至る病」であり、逆に目的保持は生きようとする欲望を喚起し、それが強ければ強い程、生命に活力が注入される。プラトニズムにしても理想を高く掲げ、それを追求し続けるなかで生命力を輝かせようとするのであり、我々はその虜になり、文明史を形成してきた。そして、死に伴う精神的・肉体的苦痛から解放してくれる文明という名の快楽を追求してもきた。その最先端にアメリカニズムがあり、核抑止も付随する。「毒を毒で以て制す」ならぬ「恐怖を恐怖で以て制す」という構図が、ハンムラビの「目には目を」の応報主義法典から抜け出せず、相も変わらずDNAの如く受け継がれてきた。

 その恐怖の構図への挑戦を仕掛けたのがイエスであろう。その変態的姿勢を敢えてとり続けられるなかで、相手は自己矛盾に苛まれ自壊作用を来すのである。キリスト教古代ローマ帝国との関係において、それは如実に示された。近代以降においては、ガンジーの非暴力・無抵抗主義をバックにしたインドと大英帝国との関係が正しくそれである。現代では、憲法第9条を前面に平和主義を掲げるわが国が、イエスの教えを標榜する選ばれた国家に成り得るかも知れぬ。非暴力国家日本対暴力的テロ世界。しかし、それを阻むサタンが付きまとい、行く末を怪しくする。正義を嘯くアメリカというサタンが。戦後、アメリカが到底できない非武装中立の似非平和主義を、半世紀以上も日本は押し付けられてきて、それをじっと我慢しているわけだ。飼い主に牙を向けたペット犬に対して、猿ぐつわをされた状態が現在のわが国である。飼い主のペットいじめは時にアメを、時にムチを使いながら、サディスティックに続く。ペットのストレスは限界に近付こうとしている。否、イエスのマゾヒスティックな教えを完全にイニシエーションされ、苦痛を快感に昇華されるようになったのか。飼い主であるアメリカも、正義面で自分を偽り続けながら息苦しさに喘いでいるのかもしれない。ペット犬の前で飼い主は、自身の欺瞞を絶えず見透かされているように感じるものだ。テロ報復戦争にしても、それを「文明の衝突」とか「新しいかたちの戦争」とか言い囃しているだけで、結局ニーチェの指摘したルサンチマンを基盤としている。当然、軍産複合体制の維持を目論む側の思惑であるとか、ウォーラーステインの「世界システム(資本主義)論」を照合しつつ問題分析なり検証をしていかなければならないが、そうすることによりかえって「表象の世界」を合理化してしまうおそれがある。

 生き甲斐の完全に喪失した状況のなかでも生き続けるということの何という虚無感。昨今の此処彼処で嘯かれる「生きる力」なる造語は、平和惚けで空中浮遊する日本社会の風潮を象徴するものである。軽薄で脆弱な実感の得られない時代のなかで、空念仏「生きる力」の大合唱に繋がっているようでもある。特攻を余儀なくされ散り逝った海神の声に耳を傾け、死ぬこと以上に苦しい生の連続が待ち構える神経難病ALS患者の余りにも重厚なその一瞬をイメージすることから始めなければならない。さて、死の恐怖と対峙することを人生とした人物は、宮本武蔵であるが、彼の真骨頂は、その強さというより、恐怖心との対決を終生の課題としたことではないだろうか。「葉隠れ」に「武士道と云ふは死ぬことと見つけたり」とあるが、彼もいつか自分が敗者となり、死ぬ時が来るであろうことを、絶えず予期していただろう。だが、その覚悟ができない場合、死にきれなくなることも起こり得る。そうすると、とにかく勝ち続けなければならない。ひょっとして、無敗の武蔵は、負ける(=死ぬ)ことに対する異常な恐怖心につきまとわれていたのかもしれぬ。

 我々は平和ボケの世の中にある。そのなかで、生きているという実感が見出せないことすらある。恐怖を直視した武蔵に少しはあやかりたいものだが、武士道世界というお化け屋敷のなかで、彼も数多くの仕掛けに翻弄され続けていたとしたら。我々は、刀を振り回し命の遣り取りをするような世の中で生きてはいない。しかし、武蔵の生き方を想像することが、戦争を考えることにもなるのではないだろうか。自分自身が極限状況に追い込まれたなかで、果たして謙譲の姿勢が示されるものなのかどうか。そうした中で、わが国も武士道における刀の持つ意味や、真の強さとは何かを考えさせられてもいる。それは、自衛隊の存在価値を考える場合である。

 自衛隊は刀という暴力装置であるが、戦後、その刀を決して抜かぬよう武士道を心掛けてきた。しかし、暴力世界という現実に翻弄され、武士道に押し潰されることから逃避しようと抜刀することで自身の弱さを誤魔化した。アメリカが仕掛ける「大義なき戦争」への逡巡は、我々が果たして「ラストサムライ」に成り得るかどうかの踏み絵であった。しかし、私自身かつて何度か体罰を行使した過去を持つ。そのほとんどは、自身の弱さの裏返しの感情的表明であった。見て見ぬふりのなあなあ関係が、かえってお互いの距離を隔てさせ、モラル低下に歯止めが効かなくなる場合がある。また放縦的関係性の継続が、質の悪い苛めに繋がったりする。感情的爆発でお互いの馴れ合い関係を瞬間的に壊した方が、言葉を駆使してその場凌ぎをするより後腐れがなくて良いこともある。「金八先生」も、昨今のモラル=ハザードに、その教師像を変容せざるを得ないのである。慇懃無頼な輩を野放しにする偽善的人権擁護論が後を絶たず、教育荒廃に拍車を掛ける。死刑廃止論を追い風に犯罪者が跋扈し、悪事に抑止力が全く機能しなくなりつつある様相が随所で展開中だ。そうした中、慇懃無頼な輩を野放しにしたモラル=ハザードの現代において、死刑廃止論は未だ大勢を占めない。

 M=ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のなかでも指摘されているように、プロテスタントの宗教心の根幹をなす勤勉・努力というエトスが、近代以降の資本主義社会の構築に多大な影響を与えてきたことは、よく言われるところである。さて、その努力なる言葉の背後にあるものは、一体何なのであろうか。努力を怠ると、忽ちその先には奈落が待ち構えている。そうした「共同幻想」を味わいたくないという恐怖を、我々は日々掻き立てられ日常生活を余儀なくされている。しかし、この努力の遠い先に待ち構えているものは、何であろうか。それは、努力により期せずして獲得された覇権主義核兵器保有論ではないだろうか。さて、奈落の底は、我々にとって苦痛となり、その逆の覇権や核保有は、幸福となるのであろうか。

 人間は生物界の数多の種のなかで自然(神秘)に盲従し続けられず、その摂理を解明し盲従からの離脱を絶えず試みながら、錯誤する動物である。それは、あたかも神経衰弱者がその苦痛から逃れようと、悩みの原因を模索し苦痛(恐怖)を相対化しながら気休めを図るパターンのようである。自然(神秘)は人間にとっての試金石であり、人類史を形成する源泉でもある。人類は中世まで自然に則ってその支配下に甘んじてきたが、理性という有為を身に付け出す近世以降、被支配的立場からの脱却を謀り続けその則を越えてしまい、そして今、錯誤しようとしている。ところで人類史は以下のように人間のライフ=サイクルと比較することができるだろう。一般的には人間は誕生してから乳幼児期頃まで母親の従属下に置かれるが、教育を通して知恵を身に付け出す児童期以降、従属的立場から自立しようとし続ける。そのピークが青年期だが、人類史においては自然を人間の支配下に置こうと試み出す近代に相当する。人類史も人間のライフサイクルもこの時期が大きなターニングポイントになる。人類は近代、科学を駆使し自然(物質的外界)の改造に努め、人間は青年期、教育により自己(精神的内界)の探求に勤しみながら、神秘的世界に近付きその正体を究明しコントロールしようとする。両者ともにそれ以前は自然(神秘)の脅威に屈伏し畏れおののきつつも、従順なるがゆえの生き易さがあり、それ以降は被支配側から支配側に転換し恐怖の克服が図られるが、独立独歩なるが故の生き難さがある。このように、我々はいかなる時期においても不安定要因に苛れる存在なのであり、そのなかで絶えず安定化を求め続ける存在でもある。そのための手段として、宗教も位置付けられよう。安定化を図るためには絶対的依存物を創出する必要があり、それが真理(神)として求められるようになる。その神(真理)を宗教は解くなかで信仰をも説いていくのであるが、信仰を通して垂直的関係が強いられ、絶対的帰依、恭順を余儀なくしていくのである。なぜなら、単なる信じるという水平的形態ではより強い安定化が求められないからである。従って宗教は必然的にヒエラルキーを構築するのであって、人類史を宗教との関わりの歴史とみるならば、それはひいてはこのヒエラルキーを人間社会の隅々に及ぼしていく過程とも言えるだろう。ヨーロッパ・キリスト教世界は、このヒエラルキーを教会を母体として国家にまで擬制していったのである。そしてヨーロッパ社会を模範に近代化してきた日本及び世界の国々は、このヒエラルキーを社会の原型としながらも、そのなかにおける支配体制を絶えず問い続け脱却しようとしてきたのである。 古代人にとり自然(神秘)は不可思議で、その脅威から沸き起こる畏怖は計り知れぬものがあっただろう。宗教の全盛期であった中・近世は、自然(神秘)の脅威への盲従から離脱を試み出そうとする時代だが、その切っ掛けをつくったのは取りも直さず宗教家であった。先述したように、宗教は自然(神秘)の脅威が惹起させる恐怖心を克服するよう、その神秘を垣間見せながら未知が醸し出す恐怖による苦痛を相対化させようとする。そのため、宗教家は神(真理)を説くなかで自然(神秘)の摂理を解こうとし、科学的視野の萌芽が形成されていく。また、神秘(自然)の摂理を解くことは、同時に知を司ることでもあり、宗教家は知の占有者として尊敬される権威的存在となるのである。しかし、宗教改革により万人祭司主義がとられ、知の占有及び権威体制が崩れるとともに、神秘に対する捉え方も変容せざるを得なくなる。そして、近・現代人はそのベールを少しずつ剥がしながら畏怖を忘れかけつつあるようだ。 死も我々人類にとり脅威の的であり続けてきた。死は未知への恐怖を醸し出すものでもある。人類史は、この死の恐怖との対峙の過程とも言えるだろう。そして人間は、宗教のなかで未知なる死を黄泉の国への扉と解し、未知への恐怖心を克服する方便を模索してきた。また人間は、死の恐怖を克服するもう一つの工夫を編み出してもきた。すなわち文明の歴史を構築するうえで不可欠の労働である。労働は人間生活に必要不可欠の物質的糧を与えるだけでなく、その日常性(=ケ)は死の煩悶を紛らわせるものでもあり、それが精神的安定を図るのに果たした役割は少なくないだろう。また、この日常性の継続は絶えず死の恐怖を強迫観念として潜在化させるものともなる。こうして非日常(=ハレ)としての安息は、この強迫観念を顕在させそれを相対化させる役割を担わされてきた。

 私はこの数十年間、アメリカニズムを懐疑し、その源泉であるヨーロッパ近代を問い続けている。アメリカニズムとは、アメリカ的思考及び行動様式であるが、その根幹にはアメリカの母体であるイギリスの思想が、特にベーコン以降の英国経験論やその系譜にある功利主義などが影響している。そしてそれら英国思想の影響下にあるアメリカの哲学、すなわちプラグマティズムアメリカ二ズムの核をなしている。更にプラグマティズム相対主義を唱道するものであり、価値相対主義の延長線上には、様々な領域におけるボーダーレス化が待ち構えている。例えば男性の女性化・女性の男性化という性のボーダーレス化もそのうちの一つとして指摘される。こうしてあらゆるジャンルで差異を淘汰していこうとする傾向が、今後益々進行していくであろう。多用される「チェインジ」という言葉は、価値相対主義的動向を表象する代名詞であると同時に、アメリカ一極支配に迎合するべく、日本のシステム及び日本人を変えるために用意された造語に思えてならないのである。

ニーチェは『善悪の彼岸』の中で、当時、キリスト教を母体としたヨーロッパ近代を懐疑しそれに警鐘を鳴らした。そのためには、「いじめ」による孤立無援をも覚悟で我が侭を徹さねばならず、そしてそれは一筋縄ではいかぬ最終的な修業であるとも言わしめたのであろう。アメリカ一極支配が継続するなかで、彼の言葉は示唆に富むものがあるのではないか。さりとて、真のエゴイストたらんと金権力に塗れ、最終的な修業を踏み間違え、「普通の国」を目指しながら「権力への意志」を滾らせ、自滅への道に至らぬよう気を付けなければならないことは勿論の事である。ソ連邦の崩壊後、核開発に関わる技術や頭脳がロシアから世界に流出拡散し、核管理体制の杜撰さが大きな問題になっている。そんな折、北朝鮮が国際的孤立化を辿るなかで、最後の切り札として核保有を実現した現在、極東における日本の位置付けが微妙に変化している。もし、対北朝鮮ないし中国を考慮した米国の戦略上、日本にいつでも核開発(保有)へ転用がきく原子力対策が暗黙裏に検討されているのだとすれば、これは日米双方にとり諸刃の剣でもある。日本に咬ませ犬としての役割を担わせようとするなかで、日本自体が脅威の的になりかねないからだ。特に日米安保の見直しあるいは不要論までが実際に取り沙汰されている昨今、将来、核武装化を踏まえた上でのプルトニウム政策があるのではないか、厳重に監視していく必要がある。

果して、主人公の「痛み」は永遠に続くのであろうか